被災者支援に取り組む仏光寺派有志の取り組み

福島県新地町仮設住宅に、電気ストーブ75台を提供

5月末に立ち上げた『被災者支援に取り組む真宗佛光寺派有志』の取り組みに、10月16日現在全国の佛光寺派寺院より2,023,544円の支援金をお寄せいただきました。ありがとうございました。

既報の通り、仮設住宅への『生活用品セット』300セットを提供。また、9月末には、13名参加で石巻市称法寺様でのボランティア活動及び踏査ツアーへの補助。そして今回事務局会計の残金で、福島県新地町の仮設住宅に、1台2000円相当の電気ストーブ75台を提供することが出来ました。

短期間の取り組みで、被災地に対しては本当に微々たる支援ではありましたが、皆さまから寄せられた熱い思いを少しは形にして届けられたかと思います。6月福島県新地町、9月宮城県石巻市~女川市周辺の被災地には延べで佛光寺派若手僧侶15名が足を運び視察する貴重な体験を得ました。今回の取り組みで、真宗佛光寺派内でもボランティア活動への機運が生まれたと思います。とりわけ若い感性は今後に必ず活かされると確信いたします。

物品支援のボランティアは一段落ですが、今後も起こりうる自然災害の被災者に対して、私たちに何が出来るのか、「念仏に生きる者」として大きな大きな宿題を背負わされた思いがいたします。

事務局 正念寺住職   長田 譲(2011.10.19)


9月26・27日、被災地踏査ツアーに13名が参加


●参加されたみなさんのコメント
 七月に福島、今回は宮城と2回目の被災地訪問となりました。同じ狭い日本に住みながら、被災された地域とそこに住む人たちの苦悩を考えると、「心が痛い」「心が締めつけられる」思いがします。自己満足かもわかりませんが、せめて、何かお力になれないものか。そんな願いから、ささやかながら知人住職に呼びかけ支援活動に取り組んできました。
 人生は「無常」であり「不条理」の連続なのかも知れません。だからこそ人とのつながり、ぬくもり無しでは生きてゆけません。これからも何らかの形で被災地にお役に立てばとの思いを新たにした二日間でした。
2011.10.3
京都・大善院  佐々木 正祥さん
 TVなどで東北の報道を見ていて、日程的にも体力的にも、自分には到底行くことは難しいと思っていましたが、今回、無理のない計画をたてていただいたおかげで現地に行くことができました。
 津波の被害といっても、今まで、なかなか実感することが難しかったのですが、目の前でビルが横倒しになっていたり、何トンもあるような墓石が軒並み倒れていたりする光景を見ると、改めて自然の恐ろしさを感じました。今回は本当に大したこともできませんでしたが、本願寺仙台別院の輪番さんの「少しずつの力が重なって、いずれ大きな力になっていく」とのお言葉に励まされました。
 東北の人たちは、たとえ観光でもいいから全国から大勢の人たちに来てもらいたいと思っておられるそうです。また機会があれば是非行ってみたいと思います。

大阪・妙圓寺  葦名 彰さん
 彼岸会で、御門徒さんの前で『ボランティアに宮城県のお寺まで行って参ります』と、挨拶して御同行の方々から、『現地に行けないまでも、復興の手助けがしたい我々の気持ちを胸に代表して行ってきて下さい。』と、温かく送りだしていただきました。が、いざ、現地に到着すると、言葉にならない凄まじい光景でありました。
 『これでも、相当片付いたのです。』との現地の方の説明。まだまだ、復興再建には時間と根気が必要と感じました。しかしながら、、飛行機に乗り一時間余りで大阪に戻ってきてホットしている自分に浅ましさを感じて、申し訳無い私自信にも出遇わせていただきました。

滋賀・光明寺  天盛 光信さん
 今回東日本大震災、被災者支援に取り組む真宗佛光寺派僧侶有志の一員の最年少としてボランティアに参加させてもらい、TVでは放送されない津波による、家の崩壊の凄まじさ、また、ボランティアをさせてもらった場所では、墓地の崩壊など、まだまだ復旧されていない状況を自分の目で見て、肌で感じることができました。
 また、この様な機会があれば是非参加させてもらいたいと思います。

大阪・高照寺  隅谷 俊紀さん
 石巻の墓地で、津波による流入物の撤去作業に参加させて頂ききました。 既に多くの方々が同じ作業をされたとのことでしたが、それでもまだまだ流入物も多く、被害の大きさをあらためて実感しました。
 なかでも窓ガラスの破片や食器類等、普通、墓地にありえない品々を見るたび、それを使っておられた方のお顔や生活が浮かんでくるかのようでした。
 また、倒壊したお墓にお花を供える方も多く、ここに住んでおられる方々の亡き人への想いの深さを感じました。
 今回のボランティア活動は時間的にわずかなものでしたので、出来たことは微々たるものです。しかし、現在の現地の状況を身を以て知ると同時に、これからも支えあう必要性があることを深く感じたことでした。

新潟・瑞林寺  廣澤 晃隆さん
 本願寺派の稱法寺様の墓地の瓦襖撒去がおもでした。本堂は屋根と柱だけ残っている状態でしたが、どっしりと被災した町を見まもっているようでした。お墓は傷つけたり壊してはいけないので、手作業で作業をしなければなりません。ガラスの破片や茶碗、ビデオデッキまで出てくる始末、土や汚泥をかぶっているので臭いもきつくその日は気温も高く、正直フラフラになりました。どれだけやっても切りがありません。
 近くに見える小学校は、津波とその後の火災で三階の全ての窓は無く、壁も黒こげになっていました。子ども達がどれだけ恐怖と不安であったかをまざまざと見せつけてくれます。実際、被災地に行ってみると想像を絶します、町が無くなるという現実。いかに日常が有り難いことか…当たり前と思う日常が、けっして当たり前ではないのだと痛感させられました。何もできませんが、できるだけの協力とこの体験を大事に生活していきたいと思います。


大阪・西光寺  寿栄松 正顕さん
 今回、東北方面のボランティア活動に参加でき大変貴重な体験をさせていただきました。
見るのと聞くでは大きな違いがあり、大阪でニュースを見るかぎり、かなり復旧が進んでいるものだと思っていました。
 しかし現地をみると大違いで道路は所々、損傷が激しかったのが印象敵でした。マスコミ等から伝わる部分は基本的に改装が終わった部分を報道しているようで現実はまだまだ手が付けられて以内部分が多いと感じました。部分的には一面がれきの山が10m程度の高さで道路脇を覆っていたり、3・4F建てのビルが90度倒れていたりと街全体が崩壊している様子がまだまだ多く残っていました。この事を肌で感じ、事の悲惨さが伝わってきました。
 ボランティアの活動は墓地の掃除でしたが墓地自体、洗濯機で掻き回されたような状態でぐちゃぐちゃであったのが現状です。中から写真などが6ヶ月たった今でも出てきます。小さい子供の写真をみつけた時には自分の娘と重なり、このような子が・・・と悲しくなりました。
 今回の訪問でまだまだ人の手が必要で、まだまだ復旧活動は始まったばかりなのだという事を感じこれから自分がどの様な事ができるのか?考えさされます。

兵庫・仏性寺  八木 法朗さん
 被災地に行って、見て、聞いて、感じて「すごい…」。
 まだ復興の途中であるのだが、まだまだこれからも支援は必要だと感じた。
 前回も福島県新池町に行かさせていただいたが、あれから数ヵ月、何が変わったのだろう?同じ場所に行っていないので復興具合は、わからないが、がれきの山を眺めながら福島県の事を考えていました。

 また何かのかたちでボランティアに行きたいと思います。

熊本・阿弥陀寺 大谷 義文さん
 今回の震災は、地震後の津波の脅威をリアルタイムで映し出されました。
 私は、「つなみ」という言葉は知っていましたが「津波」がどういうものなのかは知りませんでした。
 初めて見た自然の驚異に、私たちのできることさらに原発の安全性ということも考えさせられました。ですから、報道番組や情報誌など説教的に見て情報を得、知人友人の自衛隊員や医師、看護師の方から話を聞いていました。
 しかし、「百聞は一見に如かず」まさに言葉通りでした。
 仙台空港に到着した時に、あの日のあの映像がよみがえり緊張しました。しかし、空港内は被災地ということを忘れさせるほどきれいに整備されていました。
 ところが、外に出て車で乗り走り出しますと言葉を失いました。
 道路わきには、2台3台と重ねられ長い距離を連なっている車。また反対の道路脇には高さ2、3メートルほどの瓦礫の壁が何処までも続いています。そして、屋根と柱だけ残り中は空洞になった店舗、柱がひねくれ曲がり屋根がめくれあがったガソリンスタンドが目に入りました。
 何処にどういう力が働けば、鉄があのように曲がるのか不思議でした。そして、すぐ先に見える防砂林。その間から青い海が見え隠れしていました。あの広くて青くて飛び込みたくなるような海が急に恐ろしいものに見えてきました。
 この時初めて、緊張感が身体を走りました。
 それは、これから甚大な被害にあった被災地で、どのような状況を目にするのだろうという恐怖感でした。
 車を走らせて石巻から北へ上がっていきました。南三陸町まではいけませんでしたが女川というところまで行きました。道中の街中もようやく店が再開したばかりというところがいくつもありました。街全体の雰囲気が何か違うように感じました。
 街中から海岸沿いに出ますとそこは全く言葉にならないほど別世界でした。何台もの大型ダンプカーとすれ違いながら何も無くなった漁村を何度も行き来しています。大きな漁村、小さな漁村、何処も何も残っていませんでした。
 ただ、ほこりとにおいがこの街の過去を知らせるかのように私に近づいてきます。
 女川のある漁村で車を降り辺りを見ました。ここに建物があったであろうというところは基礎だけが残っていました。この半年で瓦礫と化した建物が撤去されていたせいか妙に寂しく感じました。しゃがんだ時、小さな花が牛乳瓶に生けてあるのが目に入りました。なぜか合掌できませんでした。
 その漁村の奥の高台に何棟かの仮設住宅が設けられていました。
 おばあちゃんが腰に手を回し、ゆっくりと建物の基礎をまたぎながら急な坂を上って帰るところでした。
 不便だろうな、つらいだろうなと、後姿を見ながら思いました。何とか後ろから背中を押してあげられればと振り返り海を眺めながら悲しくなりました。
 今回の踏査で、たいへん貴重な経験をしました。震災後、「大変だ」「甚大な被害だ」と口にしていましたが、この目で現場を見させていただき、あらためて言葉の裏づけができました。これからも僧侶のひとりとして現地に行きたいです。
  被災された皆さまにお見舞い申し上げ、一文を閉じます。


新潟・佛照寺 花井 暁信さん
 今回のボランティア・現地踏査ツアーに参加させていただき強く感じたのはやはり「現実の重み」というものです。
 見ると聞くとは大違い、百聞は一見に如かず。広範囲にわたって積み上げられた瓦礫の山や倒壊したままの建築物の数々といった、発生後半年を経てもなお未だ深く残る震災の爪痕、そしてそんな中で懸命に復興作業にあたっておられる方々の姿、そんな光景を目の前にしたとき、まっさきに頭に浮かんだのはこんな言葉でした。そして口をついて出たのは「すごい・・・」ただこの一言だけ、それ以外の言葉では表現しようがないほどに「すごい」光景でした。
 新聞やテレビなどの報道では日常的に震災に関する情報が扱われることは原発についてのことなどを除き既にほとんどなくなってしまいました。そうした中であの震災の印象というのも徐々に薄まってきているような気がしていたのも正直なところです。しかし、そんな「忘れる」途上にあった私に、今回のこの貴重な体験が再び震災という「現実の重み」を強烈に思い出させてくれました。
 「体験」することで初めて得られる大切なもの。私がこの二日間で得たものは何であったか、そのこととその意味を、しっかりと考えていきたいと思います。
女川の港風景
稱法寺(本願寺派・石巻市) 石巻市立門脇小学校
新地町の町長さんからお礼の葉書が届きましたので紹介します(2011.9.9) 中外日報(8月4日付)文化時報(8月3日付)週間仏教タイムス(8月4日付)
で震災支援の取り組みが紹介されました
今回は福島県楢葉町に提供する107セット。
前回との合計で当初目標の300セットになりました。
大阪別院で「仮設住宅用生活用品セット」作業を行いました。
今回は福島県楢葉町に提供する107セット。前回との合計で当初目標の300セットになりました。
多くの御寺院・御門徒様からの御協力、まことにありがとうございました。
2011.7.28 事務局
  6月28日・29日、仮設住宅生活用品セット
                193セットを届けてきました!
100ケ寺を超える御協力・支援金は1,758,336円
※こちらからご覧ください
 みなさんの御協力のもと、無事福島県新地町役場へ126セットの生活用品セットを届けることが出来ました。また、仮設住宅内の集会所で、無料バザーを行い、多くの被災者の方に喜んでいただけました。楢葉町(ならはまち)用の生活用品セット67セットは本願寺派のグループの石崎さんが、仮設住宅のできる会津美里町へ届けてくれました。合計193セットです。
6月27日
大阪別院にて11名参加で最後35セットを作る作業を行い、西濃運輸の7㌧トラックに積み込みました。
28日朝6時
長田・八木・八木さんの親戚の本田兄弟の4人で、大阪別院出発、名神・北陸道・磐越道を通り、900Km、福島まで12時間のドライブ。途中南条サービスエリアで熊谷・護城が合流。午後7時に宿泊施設「鹿狼の湯」に到着。西濃運輸のトラックは、栗東・称名寺と福井・光照寺で追加のセットを積み込み、福島へ。
29日8時30分
相馬郡新地町役場で役場職員といっしょにトラックから荷物おろし作業。10時から市内福田地区に作られた仮設住宅の集会所で「無料バザー」を開催。地区役員さんが抽選で会場に入る順番を決定。10人づづ5分間、必要な物品を提供する。
帰るときに、仮設住宅から出てこられた奥様が深々と一礼された姿が目に焼きつく。
13時
亘理町の本願寺派真光寺様を訪問、ご住職から震災以降の献身的な支援活動を伺う。真光寺様でも16名の門徒さんが震災の犠牲となられる。卒業し就職も決まり、運転免許を取りに自動車学校に通っていた18歳の男性も含まれていたそうです。
▲大阪別院での積み込み作業(6/27) ▲瓦礫の山が今も残されている
▲津波被害を受けた住宅 ▲線路が埋没したままのJR常磐線新地駅付近
▲人間が造ったもの(熊谷氏撮影) ▲被害を免れた福島県新地町役場(6/29)
▲新地町役場の倉庫へ(6/29) ▲新地町役場倉庫(6/29)
▲仮設住宅集会所に無料バザー物品を搬入(6/29) ▲喜んでいただいた無料バザー(6/29)
▲喜んでいただいた無料バザー(6/29)
▲立ち並ぶ仮設住宅 ▲仮設住宅の前で
▲亘理町の本願寺派真光寺ご住職と世話方さまと ▲楢葉町用セットが、会津美里町の元避難所であった旧赤沢小学校の体育館に納められました
八木 法朗さん (仏性寺・兵庫県姫路市)
 支援物品の収集から約一ヶ月、門徒の方々、住職と共に、準備してきました。正直14ケース+バザー品を集めることが出来るとは、思っておりませんでした。出来ても10ケースかと…。
 福島県新地町での地震、津波での家を失われた方の話、新地駅の姿を目の当たりにし、何とも言えない気持ちになりました。おばあさんが、なんもかんも流されてしもたと言われ、少し涙目になられておられました。しかし、仮設住宅の方の皆で協力し、笑顔で元気に過ごしておられる姿を見せていただき、逆に力をもらいました。今後何が必要なのか、僕にできることはと、考えさせられる一日でした。
熊谷 英樹さん (光照寺・福井県越前市)
 今回、佛光寺派僧侶有志の一員として仮設住宅生活用品提供支援活動に参加させて頂き、福井教区では25セットを提供する事が出来ました。これ偏にご門徒と教区寺院のご理解とご協力の賜です。被災者の苦しみは私の苦しみとして、大遠忌のテーマである「絆」が改めて被災者と強く結ばれたと実感いたしました。
 6月28、29日に福島県新地町に入り、セットを提供そして対面無料バザーを行った際、家や家族を津波で失い心も苦しいはずの被災者のみなさんは自らの苦しみを押さえ明るく振る舞っておられたのが、印象的でした。
 被災現場を拝見させていただいた際、私たち人間は諸行無常の大地に立たされ、この世に生かされて生きているんだという事を実感させられました。被災された皆さんが元の生活に戻り、一日でも早く町が復興されます事を念願しております。
護城 一哉さん (西雲寺・福井県福井市)
 私たちが無料バザーを開いた時、仮設住宅70世帯あまりのまとめ役の方が、集まってきた元の集落の仲間に囲まれながら、「これだけで嬉しいがなあ」と笑い合われた一瞬、強く心を動かされました。お聞きしたところ、埒浜という穏やかな農村がずっと広がっていたそうです。でも、もう家の土台しか残ってないと淋しそうにつぶやかれました。その淋しそうな目に接した時、今朝がれきの山に見付けた真っ赤なランドセルが、鈍い痛みとともに思い出されました。僕に出来ることは本当に微々たるものですが、引き続き地元で被災された方々の受け入れ活動を続けていこうと思います。
※右の写真をクリックしていただくと拡大表示されます
被災者支援に取り組む真宗佛光寺派僧侶 有志  東日本大震災による被災者への支援活動を行います。  ※詳しくはこちらからご覧下さい
 この活動は、浄土真宗本願寺派有志の僧侶グループが取り組みをはじめ、すでに1000世帯への提供を行っています。今回私たちも呼びかけに応え協力するものです。
 受け入れ先は福島県の新地町で、支援が大変遅れている自治体です。仮設住宅用生活品300セットを6月末までに送るのが目的です。
 皆さまもさまざまなご縁で、もうすでにご支援をされておられることと思います。そ意味では重ねてお願いすることになりますが、御寺院・御門徒さま・各団体・有縁の皆まのご協力を賜りますようお願いいたします。
いよいよ福島に出発します。
今日は大阪別院で3時~6時、11人が集まり、最後の35セット化作業を終え、西濃運輸のトラックに131セットを積み込みました。
明日、収集拠点の栗東の称名寺で25セット・福井の光照寺で25セットを積み込み、福島入りします。現地に直接郵送されてくる、横浜からの8セット、函館からの4セットとあわせ、今回の生活用品セットの提供合計は193セットです。
提供先は新地町へ133セット。樽葉町の仮設住宅が出来る会津美里町へ60セットとなります。
文化時報で取り組みが紹介されました。(2011.6.14) ※クリックしていただくと拡大表示されます
高照寺・隅谷さん(堺市)では「寺子屋くらぶ」参加のお母さんの協力でセット作業。
http://www.koshoji.net/
6月19日、恒例の落語会は「東日本大震災支援復興チャリティー」としてとりくみました。檀家さんやPTAの友人に手伝ってもらい46セットのケース入りを完了しました。 
大阪・正念寺 長田(2011.6.19)
こんにちは。福井の熊谷(光照寺)です。昨日、当寺の永代経法要の際にも物品提供と活動支援金をお願いしました。2万4千円集まりましたので、福井の収集拠点での活動に使わせていただきます。また、福井収集拠点の状況写真と中間報告を送信いたします。 (2011.6.10)
中国教区兵庫組(佛性寺)では、門徒の方に資料を配りお願いすると共に、地域の公民館に資料を配っていただくよう依頼し対応してます。現在、4セット+用品が集まりました。 (2011.6.9)
福島市新町の被害状況(5月29日現在・朝日新聞)は、94人死亡、20人行方不明、約160人避難、住宅約550戸が全壊という状況です。
 
 

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